「同一労働同一賃金」とは、同じ仕事をする労働者には、雇用形態にかかわらず同じ賃金を支払うという考え方です。
この考え方は、性別や人種などの違いによる差別を禁止する「人権保障」の観点から生まれました。EU諸国では広く採用されており、日本でも2016年に政府が「一億総活躍社会の実現」を目指して働き方改革を掲げた際に、その中心的な制度として位置づけられました。
パートタイム・有期雇用労働法の施行に伴い、大企業では2020年4月1日、中小企業では2021年4月1日より、「同一労働同一賃金」の導入がスタートしました。
同一労働同一賃金の導入は、従業員だけでなく企業側にも多くのメリットをもたらします。導入を見送っても罰則はありませんが、将来的な社会の変化や企業の成長を考えると、早めに準備を進めておくことをおすすめします。
同一労働同一賃金が導入されることで、雇用形態に関わらず、優秀な人材を正当に評価し、報酬を還元できるようになります。
非正規雇用労働者でも、適切に評価されるとモチベーションが上がり、生産性が向上する可能性があります。
従来、努力しても評価されず、報酬も昇給も賞与もないということで、非正規雇用労働者が淡々と働いていた例も少なくありませんでした。同一労働同一賃金になれば、企業の成長が期待できます。
正規雇用労働者と非正規雇用労働者を公平に扱うことで、非正規雇用労働者のスキルアップが期待できます。また、意欲的な従業員が増えれば、雇用形態を問わず従業員が切磋琢磨して業務に取り組むことができ、従業員全体が企業へ貢献することが期待されます。
これまで、正規雇用労働者に負担が大きかった業務も割り振りやすくなるため、業務の効率が良くなる可能性があります。
同一労働同一賃金が導入されれば、正規雇用労働者として無期限・フルタイムの採用はできなくても、パートやアルバイトとして働ける優秀な人材を確保できる可能性があります。
労働人口の減少や働き方の多様化により、企業が人材を確保することは困難になっています。企業は、同一労働同一賃金の導入により、多様な働き方を選択できる人材を採用しやすくなります。例えば、パートタイムやアルバイトといった柔軟な労働形態の人材を採用することが可能になります。さらに、同一労働同一賃金の導入によって、労働者が長期的に雇用されることが前提となりますので、企業側も人材を定着させやすくなります。定着率の向上によって、新たな人材を採用するコストも削減でき、効率的な採用活動が可能になります。
同一労働同一賃金を導入することで、企業の社会的責任感が高まり、企業のイメージ向上につながることが期待されます。社会的責任感を持った企業は、顧客や社会からの信頼度が高まり、事業の発展につながることが多いため、同一労働同一賃金は企業の持続的な発展にもつながるでしょう。
同一労働同一賃金の導入は、メリットとともにデメリットもあります。両方をバランスよく抑えた上で、導入に向けた計画・準備を進めることが重要です。
同一労働同一賃金に移行することで、これまで非正規雇用労働者を雇用して人件費を抑えていた企業は、必要な人件費が増加することになります。
しかし、日本社会において、雇用形態による不合理な格差が常態化していた歴史を考えると、「本来必要とされるはずの適正な人件費になる」とも考えられます。公正で働きやすい社会を目指し、将来的な企業の成長につながる一歩と捉えることができます。
正規雇用労働者と非正規雇用労働者の給与・待遇の格差をなくすためには、就業規則や賃金規程の改定、人事評価制度、賃金決定のルール変更などが必要です。
従業員に対する説明を行う必要もでてきます。このため、管理者や人事・労務部門の業務量が増加することになります。
同一労働同一賃金を導入することで、企業は正規雇用者と非正規雇用者の待遇差について説明する義務が生じます。労働者は、自身の待遇に疑問がある場合にはいつでも質問することができるため、安心して働けるようになります。企業側も、均等待遇や均衡待遇について整理し、労働者に説明できるように準備を整える必要があります。
出産や子育て、介護などによって正社員として働くことが難しい場合もあります。同一労働同一賃金制度により、非正規雇用者も正規雇用者と同等の待遇で働けるため、ライフスタイルに合わせた多様な働き方を実現することができます。
パートタイム労働者が正社員と同様に待遇を受けられることで、働きやすい環境が整備され、職場の魅力向上にもつながるでしょう。
同一労働同一賃金制度の導入により、非正規雇用労働者も正規雇用者と同様の待遇を受けられるようになります。このため、非正規雇用労働者の教育訓練を拡充することで、彼らのキャリアアップの道が広がるでしょう。
将来的には、労働力不足が懸念される多くの業界で、非正規雇用労働者の活躍の場が拡大することが期待されます。非正規雇用労働者の登用も視野に入れることで、人材不足に対する企業側の対応策も広がるでしょう。
同一労働同一賃金の導入により、既存の正社員の給与が下がることがあり、正社員と非正規雇用労働者の待遇が同じになる場合があります。
そのため、企業は導入前に、既存の正社員に対して十分な説明を行うことが必要です。また、均衡待遇・均等待遇の2つの理念に基づいて待遇を検討し、正社員の待遇が悪化しないように注意する必要があります。
同一労働同一賃金の導入により、人件費が増加することを恐れて、非正規雇用労働者の受け入れ縮小や派遣切りが行われる可能性があります。
とくに中小企業は、人件費の削減が急務であるため、非正規雇用労働者を多く雇用していることがあります。そのため、均衡待遇・均等待遇を実現することで、中小企業の経営悪化を招く可能性があります。
同一労働同一賃金制度は欧米諸国で原則となっており、日本でもようやく導入が進んでいます。
労使双方が合意できる公正で透明性のある制度を築くためには、個人の職務範囲を把握し、待遇格差が生じないようにすり合わせる必要があります。そのために、政府が出しているガイドラインや最高裁判所の判例を参考にするとよいでしょう。
ただし、制度の導入には時間がかかります。労使が納得できるような仕組みを構築するには、労働市場の変化や個人の職務範囲の変更にも対応する柔軟性が求められます。労使双方が積極的にコミュニケーションをとり、協力して制度を構築していくことが重要です。